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ピーター藤・和子

2011年9月15日木曜日

神の十二の御住まいその10ーエズラとゼルバベルの神殿に見る教会の存在目的

神への背信と罪のためネブカデネザルにより破壊された神殿をエズラとゼルバベルが再建した。ソロモン神殿の破壊はイスラエルの心が破壊された事を意味する。東日本大震災や原発事故で日本の多くの人々が打ちのめされた。そのような人々の魂が真に回復する所が教会である。敵によって破壊された人々の魂が回復されて行く癒しのプロセスが必要であえい、定められたプロセスを通らなければならない。

 回復・心が癒されるプロセスは、1現状をその通り受け入れ、2回復したいと考え、3良くなる事を願い続けることである。どんな病気でもその病状を認めない限り処方を受け入れないのである。東日本大震災関連の自殺者が出ているがその人たちは現状を受け入れられなかったのである。また病状を認めても良くなろうと考えない限りその人の細胞や組織は薬や医者の手当の効果は薄いのである。更に完全に良くなりたいと願い続ける体に薬や処置はよく効いていくものである。そこには忍耐と患者や医者の良くりたい、良くなって欲しいと言う一貫した願いが必要である。罪を犯し神に打たれた魂もその現実を認めなければ神の赦しを得る事がない。悔いた心こそ赦しと癒しを受け、人生の回復に至るのである。

 活ける神への背信の故に70年間バビロンで捕囚となっていたユダの民は、エルサレムに帰還したが真の回復はまだであり、恐れが満ちていた。彼らが神の定めに従って神を求めて神殿の基礎が作られ、神に賛美と礼拝を捧げ続け心を主に向け続けて行った時に敵に脅されるも預言者を通しての主の言葉に励まされ、工事は続けられ、神殿が完成し回復の喜びを得たのである。

 傷ついた人々が回復され、人々の為に神に仕える祭司とされて行く事が教会の存在目的である
 

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