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ピーター藤・和子

2011年9月15日木曜日

神の十二の御住まいその3ーヤコブが石を枕に夢見たベテルに見る教会の存在目的

 ベテルは神の家と聖書で呼ばれる場所です(創世記28章19節)。ヤコブが父の家を去って叔父の所に旅する途中、石を枕に野原で野泊することになりました。その夜の夢の中で天からのはしごを天使達が上り下りし「土地を与え、子孫を繁栄させ、子孫まで祝福し決して見捨てない」という神の恵みの御声を聞きました。
 ヤコブという名前は押しのける者、嘘つきという意味です。兄を騙し、父を騙し、兄を押しのけて命までも狙われる悪人で、とても神の祝福を受けるにふさわしい人物ではなかったのです。しかし、哀れみ深い神はそのヤコブに恵みの約束を溢れる程注がれました。すると、それまでは人の道に逆らってまでも自分の事しか考えていなかったヤコブはすべて主から受けたものの十分の一を捧げますと主に誓う事ができたのです。これは、人は、律法によっては変えられないが、神の恵みによってのみ変えられると言う事を私たちに教えています。
 律法は人を追い出すのですが、恵みは人を抱きしめるのです(ルカの福音書15章)。教会は、神の恵みによって人々が変えられていく所です。律法はあるべき規範を示しますが、クリスチャンの間の関係は律法主義で縛ってはならないのです。罪人は神の恵みによってのみ赦され変えられるのです。主イエスは律法主義者達を嫌われていました。ヤコブは押しのける者、嘘つきという名前でしたが、神の恵みにより神の皇太子(イスラエル)という名前の実質を持つ人物に変えられました。
 律法主義ではなく恵みによって人々が変えられていく事がキリスト教会の第3の存在目的です。

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