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ピーター藤・和子

2011年9月15日木曜日

神の十二の御住まいその8ーオルナンの打ち場に見る教会の存在目的

 ダビデは神の祝福に高慢になり人口調査をして神の怒りをかった。すると謙り犠牲を払って主に祭壇を築きいけにえを捧げた。教会は主から祝福を受けるだけでなく主に自分自身を捧げる場所である。

 オルナンの打ち場を払うべき対価(金600シェケル7、
8kgで34,356,600円)で買い取りそこで主を祈り求め礼拝を捧げたすると主は焼き尽くす献げ物に天から火を送って答えられた歴代誌上21章 26節)


ダビデはその場所こそ主が住まわれるべき神殿を建てるべき所と定めた。そして、神殿建築の為に苦労して大量の切り石、おびただしくて量りきれない程の鉄と青銅、レバノン杉、金十万キカル、銀百万キカルを準備した(歴代誌上22章 2、3、14節)。1キカルは34、2kgです。
平成23年8月5日の金の相場は1g4、402円銀は106,89円だから金10万キカルは15兆548億4千万円、銀百万キカルは3兆6556億3800万円である。ダビデが進んで献げたものであり、彼の献身を表している。

 主・イエスは弟子達に「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、
収穫の主に願いなさい。」と言われている(マタイによる福音書9章 37、38節)。使徒パウロは、足りない自分が涙しながら、ユダヤ人の数々の陰謀による試練に遭いながら主に仕え、さらに投獄と苦難が待っていても主から受けた福音の務めを果たせれば命すら惜しいと思わないと教会の長老達に語った(使徒業伝第20章)。

 主の働きの為に死ぬ準備即ち献身ができている人が必要である。ご自分の御子の命を捨てて救いの道を開いてくださった神御自身が御住まいとされているクリスチャンは、主の賜る使命に全身、全霊、全力を献げていこうではないか。

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