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ピーター藤・和子

2011年9月15日木曜日

十二の神の御住まいその2ーノアの方舟に見る教会の存在目的

主は、地上に人の悪が増し、堕落し常に悪いことばかりを心に思い計り堕落の道を歩んでいるのを御覧になり(創世記6章5節12節)、「私は人を創造したがこれを地上からぬぐい去ろう」「すべて肉なるものを終わらせる時がわたしの前に来ている。彼らのゆえに不法が地に満ちている。見よ、わたしは地もろとも彼らを滅ぼす」「わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつ、すべて肉なるものを天の下から滅ぼす。地上のすべてのものは息絶える」と仰せられました(創世記6章7節13節17節)。
 欲望を求め神を求めない事自体が神の裁きの下にあるのです。その時代に神の裁きからの救いが唯一ノアの方舟でした。現在においてこのノアの方舟こそ教会です。だから教会は神の購いが語られる場です。つまり、人々が悔改めに導かれ神が与えられる無償の救いを与えられる場所なのです。ヘブル語で方舟はただの「箱」つまり、船ではなく動力を持たずただ水に浮くだけの箱をさす一般名詞が使われています。契約の箱も同じ「箱」という言葉が使われています。契約の箱は神御自身を表すものです。ノアの方舟「箱」も神御自身を表すと考えれば神の12の御住まいの中にノアの箱舟が入っている事が理解できます。
 当時の人々にとり神の裁きである洪水からは、ノアの方舟以外に救われる道はなかったのです。これをもってして言えば教会は人が単に心地よくすなる所でも必要を満たしてもらう所ではなく悔い改めや罪について語られなければならないの所なのです。ノアは方舟を作りながらきっと毎日のように神が洪水によりこの世界を裁かれるから、悔い改めてこの洪水を逃れる唯一の方舟に乗りなさいと叫び続けた事でしょう。
 教会の第二の存在目的は真の神に立ち返る悔改めと真の救いを提供することなのです。

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