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ピーター藤・和子

2012年12月24日月曜日







説教演習

今回は富山市のS様にご指導させて頂いています説教演習を載せさせて頂きます。

題目:「ダビデの子イエスの誕生」

テキスト:ルカ2:1~18
・テキストを3つに分けてその各々の固定的メーッセージを捕らえてください。

私、藤正信がこのテキストから沢井様の内容を借りてメッセージの要旨を作るとした場合を書きます。



「私の少年期のクリスマスの頃、夜寝ぼけて起きると厨房が明るくなっていて、ガラスの入った障子戸を開けるとそこに母親一人がいて、そばにゆくと土蔵をブリキでかたどった貯金箱をプレゼントにもらいました。大変うれしく、その夜は特に自分一人で母親に甘えていました。父親は建設関係の事業をやっていてオート三輪車に乗ってあちらこちらに仕事に出かけてて特に年末は帰りが毎晩遅く、私は寝てしまってあまり父親の顔を見たここがありません。しかし天のお父様はそんな孤独な心の中に御子イエス様をプレゼントとしてくださったのです。」と沢井さんは体験から述べています。
 今日はルカによる福音書の2章1節から18節までを通してクリスマスのメッセージに心を傾けて参りましょう。


 ルカ2章1節〜3節はキリスト様の誕生が人類の歴史の真中にまぎれもない事実として人として生まれられた事を記しています。ある人たちはキリストは歴史の中に実在したのではないと主張しますがそれは間違いである事を聖書は示しています。
 ルカ2章4節から7節はダビデの子孫として生まれられた事、聖書の預言が実現する為にベツレヘムの家畜小屋でで生まれられ、飼い葉桶に寝かせられた事を記しています。どうしてダビデの子孫として生まれらなければならなかったのかというとクリスチャンは先ず敬虔なユダヤ人の中から生まれました。そのユダヤ人は系図を重んじていました。ですから正当的なユダヤ人しかも誰もが尊敬していたダビデの子孫であることは非常に重大な事だったのです。また、主の主、王の王である救い主が家畜小屋で誕生され飼い葉桶に寝かせられた事は羊飼い達への目印であっただけでなく、家畜小屋のような臭く汚ない私達の心のような中に救い主が来てくださった事を語っています。
 ルカ2章8節から187節。羊飼い達にこの素晴らしい救い主のお生まれのメッセージが天使により伝えられました。また、天使の賛美とメッセージを見聞きした羊飼い達が家畜小屋の飼い葉桶に寝かされている御子を見つけ礼拝しその事を人々に伝えた事を記しています。それは天来の賛美と神から与えられたメッセージが羊飼い達に感動と行動力を与え、また実際にメシヤなるキリスト様に会った彼らが見下げられた職業である事を忘れ大胆な証人になった事を私達に語っています。


今日のメッセージの一つ目は歴史を動かされている神が王の心もご自身の手の中で思うがままにご自身のご計画実現の為に用いられるお方である事です。
 2012年も後わずか、今年の10大ニュースも発表されます。アメリカではオバマ大統領が再選され、中国では習近平氏、日本は阿部さん、韓国では朴槿恵女史と新しい主宰が生まれました。しかし、どの国にどのような元首や統治者が現れようと彼らは全て主の主王の王である方の手の中に握られているのです。全ての道はローマに通じると言われた世界がローマのものと言われた時代にも御子の誕生の為にローマ皇帝の命令までも用いられたのです。今の時代も全ての国家権力が神のご計画の中にある事を覚え畏れないで主を見上げて生きて行かなければなりません。

(例話1)中国の思想・キリスト教の締め付けを通して今や1億人ものクリスチャン人口になっ事実。

 第二番目のメッセージは、最低の場所にお生まれになり卑しめられ低められた主を思い、私達も謙らされた時や卑しめられた時はその事を感謝する者になりましょう。また、主・イエスさまの誕生は約700年前に預言したミカの預言が実現することでもあります。聖書の神の言葉は真実であり必ず成就するのです。「神は人ではないから、偽ることはない。人の子ではないから、悔いることはない。言われたことを、なされないことがあろうか。告げられたことを、成就されないことがあろうか。」と民数記23章19節に記されています。
(例話2)宮城刑務所の独居房にいるSさんは山口組系の組織に入っていて強盗傷害罪その他多くの罪で獄中にいる。しかし、あるクリスチャンに差し入れられた聖書を読み、張
り付けにしようとする兵士に「父よ彼らを赦したまえ」と祈られた主を知った時自分の罪を悔いキリスト信者になり牧師伝道者になりたいと決心し、刑務官に馬鹿にされようが堂々とキリスト信者の証を始めた。

 第3番目のメッセージは、神様により与えられた感動は人を動かし、偏見を取り除き、今まで来た事も聞いた事も思い浮かんだ事もない生き方を与えるという事です。
 あの羊飼い達は、当時最も嫌われ馬鹿にされていた職業でした。人にそのように見られるだけでなくおそらく自分でもそのように感じて羊飼い達は生きていたのです。ですが、天使からのメッセージと天使達の賛美を見聞きし、家畜小屋で飼い葉桶に寝かされているみどりごの救い主を見た時に彼らの生き方考え方が変わりました。救い主が汚く人に見向きもされない場所で生まれられ寝かされていた事は、まるで羊飼い達のように人々から見下げられた人々の為にも生まれらた事を体験として知ったのです。それで、自分たちの見聞きした素晴らしい出来事を人々に臆する事なく大胆に証言したのです。私達も神様より誰も否定できない力強い語りかけと感動を受けるなら自分を忘れ自分を少しも気にせず人を恐
れる事なく大胆に主の証人になるのです。
(例話3)エリヤは命を付けねらう王を恐れ隠れて生きていたが主にあってカラスに養われる体験をした後はカルメル山で大胆な証をし民に天から火を下された主に帰るように説教した。


 充分に説得させる方法で主なる神様が貴方をご自身のご計画の遂行に用いたいと願っておられる事を思いつつ新年を迎えましょう。
 魂の目が開かれて毎日感動溢れる主の語りかけを受け取られるように内住の聖霊様に毎日啓示の光で御言葉を照らしていただきましょう。

ミッション・あどない・いるえ
代表伝道者 ピーター藤 正信
MissionJehovahJireh@yahoo.co.jp
ブログ http://missionjehovehjireh.blogspot.com/

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