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ピーター藤・和子

2013年4月21日日曜日

神の国の4つの拡大法則

起 
 (例話)先々月叔母を亡くし記念会で招待してくれた叔父の背中を流してあげた。すると全く予期していなかったが叔父が私の背中も流してくれた。自分の背中はなかなか洗いにくいものだが人の背中は容易に洗える。人に背中を流して貰うのは本当に久しぶりだったがなかなか気持ちのいいものである。
 Give And Take は実に素晴らしい言葉であるがそれを神の国の中で実践するならそれは拡大する祝福の連鎖の原動力となる。
 経済学では人々の収入における消費の為の支出割合が増えれば増える程経済は成長し発展する事は常識となっている。消費は自分のためだけでなくより多く美味しいものや良いものを家族の為に購入し消費すると考えると判り易い。
 今日の聖書の箇所はルカによる福音書  6章 38節である。与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」
 この聖句から神の国の4つの拡大法則を見ていこう。


承 
 「与えなさい」と主は言われたがそれには少なくても4つの内容を考える事ができる。
主イエス様は最も大切な戒めは互いに愛し合いなさいと言われた。
愛の4つの内容はコリントの信徒への手紙一 13章 7節に記されている。「すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」であるから、
1、受け入れ合う
2、信じ合う
3、期待し合う
4、忍耐し我慢し合う
事が神の愛、博愛、アガペの愛、無条件の愛、十字架の愛の実質である。
 次に「そうすれば、貴方がたも与えられる」とある。贈り物をされたら誰も嬉しいはずである。小さな子は少しのものでも買ってもらったりお土産をもらうのが大好きだ。
(例話)里娘の明美の子心夏は1歳の頃私が高い高いをして嫌われる事になったので何とか仲良くなろうとフィリピンへ行く時はぬいぐるみ等のお土産を買って来てはご機嫌撮ろうとしている。
大人でも同様だ。主イエス様はもっと凄い。「はっきり言っておく。キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける」(マルコによる福音書  9章 41節)。
(例話)黒姫山に登った事がある。水筒を持っていったが途中で飲み干してしまい、帰りの下り道で喉が涸れひりひりする程になった。下山してかき氷を売っている店を見つけ一気に2つ食べた。そのおいしかった事。
コップ一杯の水を主の弟子にあげたらやがて天の御国でその報いを受けるというのである。
 更に「押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる」というのである。3重のもてなしとでも言おう。私は「押し入れ揺すり入れ溢れる程に」という言葉が大好きでいつも実践しようとしている。
(例話)先日もつくば市から聖書をメールでお教えしているK兄弟がやって来た。一緒に朝食を食べた。特別な高価なものは出していない。レタスとトマト、キュウリ、ウインナ、ヨーグルト、ジャム、パン、コーヒー、ジュース、バナナだ。が彼は「ホテルの食事みたいですね」と言ってくれた。
またたまに行くレストランでもこれでもかと言う程お刺身が付いている刺身定食とか、北海道なら根室駅前にあるラーメンを注文したら蟹まで付いてその他いろいろな珍味が食べ放題とかそのようなサービスを売りにしている店に行く。
豊かな天の父はその子である私達にケチな方ではなく実に豊かでこれでもかと言う程の恵みと祝福を与えられるのだ。私達はその神の子であるから同じ様に惜しみなく与える存在になっていきたいものだ。
 最後は「あなたがたは自分の量る秤で量り返される」という事だ。先ず貴方から暑い夏にキリストにあってコップ一杯の冷たい水を差し上げる所から神の国の拡大の連鎖は始まる。暑い体に心地よい冷たい水を貰った兄弟は貴方に、そのうち貴方に押し入れ揺すり入れ溢れるばかりの3重のお返しをしてくれるだろう。するとそのお返しに貴方も感動して更に他の兄弟にも3重のもてなしができるでしょう。そのもてなしを受けた兄弟が更に3重のお返しを貴方にし、と3重のもてなしと3重のお返しの連鎖が神の国に拡大していくのだ。


 第一の固定的メッセージ:押し入れ揺すり入れ溢れる程に受け入れ合う。
 人は皆受け入れられない自分の弱さを隠し持っている。それはなかなか人には見られたくないし人の前でさらされたくはないのだ。それはかつて人の前で恥ずかしいあるいは辛い体験をしていよいよ自分の中に包み込んでしまったのだ。そういう部分が何かの時にふと貴方に見られてしまった、知られてしまった、その時に、貴方が彼のその弱さを愛を持って主の目をもって包む様に受け入れてあげたら彼はどんなにか癒される事であろう。「穏やかな心は肉体を生かし激情は骨を腐らせる」(箴言 14章 30節)とある。自分もありのまま受け入れてもらえると相手もありままを受け入れる事ができる。内なる癒しの拡大が貴方がキリストから受けた愛から始まるのだ。

 第二の固定的メッセージ:押し入れ揺すり入れ溢れる程に信じ合う。聖書には人を信じよという記述はない。主なる神様が私を信じる様にという勧めは限りなくある。すると全能の神の霊を受けている基督者たちが互いにキリストにあってその言葉や約束を信じる事ができればそこから始まる信用拡大は計り知れない。神を信じ人を信じる事ができたら平安や希望が作り出されていく。宣教活動にあっても失望する事はないばかりか大きな喜びの中で前進し続ける事ができる。互いに信じられる神の家族になっていきましょう。

 第三の固定的メッセージ:押し入れ揺すり入れ溢れる程に期待し合う。
スポーツの指導者や監督は成長途中の選手に様々な期待をする。
(例話)私も息子も妻も卓球が好きだ。卓球少女愛ちゃんが今は名実共に日本の女子卓球会の第一人者になった。幼い頃は泣きべそをかいたりレシーブが受け身だったりしていた。しかし、指導と鍛錬と成長により攻撃的なレシーブもできるようになった。
 期待すると言う事はまだ見ていないより完成・成熟された姿を未完成な状態の姿に重ねて見て行く事だ。
(例話)里娘の明美は二児の母親だ。二女が寝返りできるようになると次はいはいするとまだできていないのではいはいできていないのにできてる姿を想像しながらその子を見ている。
主は必ずそのように私達神の子供達を見ていてくださる。それはありがたく嬉しい事だ。信仰生活で少ししか勝利を取れない神の子がより多く勝利する事ができる様に、いややがて常に勝利し完全な勝利者になり今まで支配されて来た者を支配する者になる事を思い描きながら不完全な今の状態を見てくださっているのだ。主のその目をもって互いに大いに期待し期待され続けていきましょう。

 第4の固定的メッセージ:押し入れ揺すり入れ溢れる程に忍耐し我慢し合う。
忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出す」(ローマ人への手紙  5章 4節)「忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ」(ローマの信徒への手紙  15章 5節)
人を忍耐する事は力が要る。他人であったのにより親しく支え合って営む事がが求められる夫婦関係において現実的な問題となる。婚約時代は客観的にここはもう少しと見られる点も長所と思えるものだ。しかし、結婚すると以前は素晴らしい性格と思えていた所も変えてもらいたいと思う様になる。自分の事は棚に上げてパートナーに際限なく要求していく姿がある。
 神の国でより意味のある務めを担いたいと思う事は健全である。そのようなパウロは使徒は忍耐強い事がその特性である事を語り(コリントの信徒への手紙二  12章 12節)その愛弟子のテモテにも忍耐を追い求めるよう勧めている。「しかし、神の人よ。あなたはこれらの事を避けなさい。そして、義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。テモテへの第一の手紙  6章 11節)。
栃木県にの6つの町に教会を作った牧師万年喜一郎牧師も「牧会の秘訣は忍耐で、牧会の全ては忍耐だ」と言われている。
だから、なんら欠点のない、完全な、でき上がった人となるように、その忍耐力を十分に働かせるがよい」(ヤコブの手紙 1章 4節)と神の子達が成熟する為に忍耐が書かせないと語っている。「忍び抜いた人たちはさいわいである」(ヤコブの手紙  5章 11節)。
主から何度も忍耐され見捨てられなかったペテロは「主の忍耐を救いと思いなさい」と語っている。
主が私達を耐え忍耐してくださる様に私達も互いに忍耐の限りを尽くそうではないか。私と貴方がそのように溢れるばかり忍耐をもって神の家族を見守り慈しんでいく事が神の国の拡大をもたらすのだ。


神の国の拡大法則は先ず貴方から私から始まって行く事を覚えよう。
神の拡大法則を実践し惜しみなく与え受け入れ信じ期待し我慢する事ができていくなら見た事も聞いた事も思い浮かんだ事もない素晴らしい教会ができていく事を信じよう。

ミッション・あどない・いるえ
代表牧師 ピーター 藤 正信
MissionJehovahJireh@yahoo.co.jp
twitter Mjj_PeterFuji
ブログ  http://missionjehovehjireh.blogspot.com/

 

 


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