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ピーター藤・和子

2013年4月26日金曜日

Q:キリスト教では、悪人に対してなら 殺める祈り(呪い?)も叶うものなのですか??

Q: 聖書の中に、自分を苦しめる相手に対し「どうか神よ、私を苦しめる彼を殺めてください」と祈る一節がありました(どの章かは忘れました)この祈りは通じたのでしょうか?分かる方 いらっしゃいますか?またキリスト教では、悪人に対してなら殺める祈り(呪い?)も叶うものなのですか?

<ヤフー知恵袋の質問へのピーター藤の解答です>

A: 聖書の神様への祈りは何を祈ってはいけないという制約はありません。別の方も書かれている様に確かに詩編の中でダビデが貴方が書かれているように祈っています。では全能の神様はその祈りを聞かれたのかと言う事ですが。
 判り易く言えば全ての祈りは3つの方法で答えられます。一つ目ははいです。即座に答えられる場合もあります。次はダメですという答えです。例えば子供がアーミーナイフを買ってと親に頼んだら危ないからダメだと言うでしょう。最後は後で。待ちなさい、という答えです。3歳の子供が自動車を買ってと親に願っても今はだめ大きくなって免許を取ったら買ってあげるよと言うでしょう。神様も私達の父なる神様ですからそのようだと思って良いのです。
 次にクリスチャンは成長して行かなければなりませんが、成長につれて祈る内容も変わってきます。クリスチャンになりたては人を赦す事もできない状態でも成長するとキリストに似た者となり人も自分も赦せる様になり敵を愛し敵の為にも祈れる様になって来るのです。
 そのようなクリスチャンが成長する事を神様は願っておられますし、また成長した時にはこう祈りも変わると全知全能の神様は知っておられます。ですから祈りの答えが遅らせておられたりもすると考える事ができます。
神様だけが全ての人の心をご存知であり、正しい裁きを公正になさいます。その神様の裁きに委ねる事がクリスチャンには必要なのです。「復讐するは我にあり」とは神様の事です。

聖書の教えなどについて詳しくお知りになりたい場合は
http://missionjehovehjireh.blogspot.com/
を参照にしてください。

ミッション・あどない・いるえ
代表伝道者 ピーター藤 正信
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