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ピーター藤・和子

2013年4月26日金曜日

Q:キリスト教での「信仰」とは、なんですか?

Q:キリスト教での「信仰」とは、なんですか? 一般のクリスチャンと、エホバの証人の「信仰」の定義に、温度差があるように思いますが。 教えてください。

<ヤフー知恵袋の質問へのピーター藤の解答です。ベストアンサーに選ばれました
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14105994849

A: キリスト教の信仰とは真の神、イエス・キリストの父である神、そして聖霊なる神が3つの位格を持つも唯一の神として信じる事。御子イエス・キリストが聖霊によって処女マリヤより生まれ、その罪なきお方が人類の全ての罪咎の身代わりとしてポンテオピラトがローマの総督であった時に十字架の上で死なれた事、葬られ、黄泉に行かれ、3日目に甦られた事、多くの弟子達に現れ、天に上り、父なる神の右の座に着かれた事。やがてクリスチャンの集合体である教会・花嫁を迎えに来られる事。その時キリストを信じているものはキリスと同じ栄光の体を頂き掲挙される事、キリストにあって既に先に死んだ者たちは復活して同じ栄光の体に変えられ共に天国に行きえいえんにキリスト共に生き続ける様になる事。これらがキリスト信仰の中核です。

エホバの証人はキリストを神としていません。創造主なる神が最初に創造した者としています。
この根幹の教理を崩しています。更に数人のリーダーである統治体で決めた事がエホバの証人の全ての行動と信仰の規範となり聖書の解釈もその統治体の発行するもの見の塔冊子によっています。
 一方真のクリスチャンは聖書を唯一の神の言葉として生活と信仰の唯一の規範とします。聖書はどういっているのか聖書はどう教えているのかが一番大切なのです。そして全ての事を父である神に感謝し、祈り、賛美します。神が賜った御子キリストの十字架の愛を受け愛に応え、その愛を持って神と自分と他人を愛します。その愛をもって神に仕え人にも仕えます。神の願いを行おうとし人生を捧げる人も多くいます。

 エホバの証人は時間を捧げて割り当てられた奉仕しなければ救われないと脅されながら行っていますが、真のクリスチャンはキリストが十字架の上で命を捨てて賜った神の愛に押し出されて自分の生涯を進んで捧げようとするのです。

聖書の信仰について活ける神への信仰については
ブログ http://missionjehovehjireh.blogspot.com/

Titter : http://twitter.com/#!/MJJ_PeterFuji
を参照にしてください。

ミッション・あどない・いるえ
代表伝道者 ピーター藤 正信
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