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ピーター藤・和子

2015年4月2日木曜日

再臨についての教え

<キリストの空中再臨(掲挙)を含む再臨について>

 その時期について艱難前期説、艱難中期説、艱難後期説があ
り、各々対立する理由になっているが、全部ある。
 正しく理解するためには、主の初臨を正しく理解することが
必要だ。
 主は初臨と同じように来臨される。
キリストの初臨は三重性があった。旧約聖書に異なる現れ方が示
されている。

1第一の現れ 以外な方法で、一般には判らないように、秘密
裏に、飼い葉桶の 中に羊飼い・シメオン、アンナ(待ち望ん
でいた人々だけ)に現れられた。
 「それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与え
られる。見よ。処女 がみごもっている。そして男の子を産み
、その名を『インマヌエル』と名づける。」
 (イザヤ7:14)
 「私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だ
れに現われたのか。彼 は主の前に若枝のように芽生え、砂漠
の地から出る根のように育った。彼には、 私たちが見とれる
ような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもな
 い。」(イザヤ53:1,2)
 「そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人
は正しい、敬虔な人 で、イスラエルの慰められることを待ち
望んでいた。聖霊が彼の上にとどまって おられた。また、主
のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げ 
を受けていた。彼が御霊に感じて宮にはいると、幼子イエスを
連れた両親が、そ の子のために律法の慣習を守るために、は
いって来た。すると、シメオンは幼子 を腕に抱き、神をほめ
たたえて言った。」「また、アセル族のパヌエルの娘で女預 
言者のアンナという人がいた。この人は非常に年をとっていた
。処女の時代のあ と七年間、夫とともに住み、その後やもめ
になり、八十四歳になっていた。そし て宮を離れず、夜も昼
も、断食と祈りをもって神に仕えていた。ちょうどこのと き
、彼女もそこにいて、神に感謝をささげ、そして、エルサレム
の贖いを待ち望 んでいるすべての人々に、この幼子のことを
語った。」(ルカ2:25-28、36-38)

2第二番目の現れ 突然・神の民を裁くために
 「見よ。わたしは、わたしの使者を遣わす。彼はわたしの前
に道を整える。あなたがたが尋ね求めている主が、突然、その
神殿に来る。あなたがたが望んでいる契約の使者が、見よ、来
ている。」と万軍の主は仰せられる。この方は、銀を精練し、
これをきよめる者として座に着き、レビの子らをきよめ、彼ら
を金のように、銀のように純粋にする。彼らは、主に、義のさ
さげ物をささげる者となり、」(マラキ3:1,3)
「ユダヤ人の過越の祭りが近づき、イエスはエルサレムに上ら
れた。そして、宮の中に、牛や羊や鳩を売る者たちと両替人た
ちがすわっているのをご覧になり、
細なわでむちを作って、羊も牛もみな、宮から追い出し、両替
人の金を散らし、その台を倒し、また、鳩を売る者に言われた
。「それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家と
してはならない。」弟子たちは、「あなたの家を思う熱心がわ
たしを食い尽くす。」と書いてあるのを思い起こした。」(ヨ
ハネ2:13-17)

3 第三番目の現れ方 王として
「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。
見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正し
い方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌
ろばの子の子ろばに。」(ゼカリヤ9:9)
「そして、ろばと、ろばの子とを連れて来て、自分たちの上着
をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。すると、群衆の
うち大ぜいの者が、自分たちの上着を道に敷き、また、ほかの
人々は、木の枝を切って来て、道に敷いた。そして、群衆は、
イエスの前を行く者も、あとに従う者も、こう言って叫んでい
た。「ダビデの子にホサナ。祝福あれ。主の御名によって来ら
れる方に。ホサナ。いと高き所に。」(マタイ21:7-9)

<キリストの再臨についての三つの現れ>

1 第一の現れ 瞬間的に、稲妻・どろぼうのように
  その方向を向いている人だけ、起きて見張っている人だけ
が見る
「人の子の来るのは、いなずまが東から出て、西にひらめくよ
うに、ちょうどそのように来るのです。」(マタイ24:27

「しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼ
うが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょ
うし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったで
しょう。」(マタイ24:43)

2 第二の現れ 雲の中に来る 人々がopenlyに見る
「そのとき、人の子のしるしが天に現われます。すると、地上
のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄
光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。人の子は大き
なラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御
使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を
集めます。」(マタイ24:30,31)

3 第三の現れ 白い馬に乗り王の王主の主として来られる
「また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに
乗った方は、「忠実また真実。」と呼ばれる方であり、義をも
ってさばきをし、戦いをされる。その目は燃える炎であり、そ
の頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名
が書かれていた。その方は血に染まった衣を着ていて、その名
は「神のことば」と呼ばれた。天にある軍勢はまっ白な、きよ
い麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。この方の口か
らは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄
の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者で
ある神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。その着物にも、もも
にも、「王の王、主の主。」という名が書かれていた。」(黙
示録19:11-16) 

・主の御心は教会が大艱難時代に入ることではない
「しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらす
べてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように
、いつも油断せずに祈っていなさい。」(ルカ21:36)
「あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから
、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来よ
うとしている試練の時には、あなたを守ろう。」(黙示録3:10
)<取りのけて別の所で守られる>

       前半:教会に対する艱難(裁き)
       大艱難
       後半:世に対する艱難(裁き)

 第一の掲挙で挙げられる人々:「また私は見た。見よ。小羊
がシオンの山の上に立っていた。また小羊とともに十四万四千
人の人たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とが
しるしてあった。私は天からの声を聞いた。大水の音のようで
、また、激しい雷鳴のようであった。また、私の聞いたその声
は、立琴をひく人々が立琴をかき鳴らしている音のようでもあ
った。彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前
とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千
人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。彼ら
は女によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なの
である。彼らは、小羊が行く所には、どこにでもついて行く。
彼らは、神および小羊にささげられる初穂として、人々の中か
ら贖われたのである。彼らの口には偽りがなかった。彼らは傷
のない者である。」(黙示録14:1-5)

 第二の掲挙で挙げられる人々:「また、第三の、別の御使い
も、彼らに続いてやって来て、大声で言った。「もし、だれで
も、獣とその像を拝み、自分の額か手かに刻印を受けるなら、
そのような者は、神の怒りの杯に混ぜ物なしに注がれた神の怒
りのぶどう酒を飲む。また、聖なる御使いたちと小羊との前で
、火と硫黄とで苦しめられる。そして、彼らの苦しみの煙は、
永遠にまでも立ち上る。獣とその像とを拝む者、まただれでも
獣の名の刻印を受ける者は、昼も夜も休みを得ない。神の戒め
を守り、イエスに対する信仰を持ち続ける聖徒たちの忍耐はこ
こにある。」また私は、天からこう言っている声を聞いた。「
書きしるせ。『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである。
』」御霊も言われる。「しかり。彼らはその労苦から解き放さ
れて休むことができる。彼らの行ないは彼らについて行くから
である。」また、私は見た。見よ。白い雲が起こり、その雲に
人の子のような方が乗っておられた。頭には金の冠をかぶり、
手には鋭いかまを持っておられた。すると、もうひとりの御使
いが聖所から出て来て、雲に乗っておられる方に向かって大声
で叫んだ。「かまを入れて刈り取ってください。地の穀物は実
ったので、取り入れる時が来ましたから。」そこで、雲に乗っ
ておられる方が、地にかまを入れると地は刈り取られた。」(
黙示録14:9-16)
「死体のある所には、はげたかが集まります。」(マタイ24:28

「はげたか」ではなく鷲たち(複数形で勝利者のシンボル)で
ある。「死体のある所」とはほふられた主・イエスの所の意。

ミッションあどない・いるえ
代表 伝道者 ピーター 藤 正信
MissionJehovahJireh@yahoo.co.jp
http://missionjehovehjireh.blogspot.jp
https://twitter.com/MJJ_PeterFuji

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