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ピーター藤・和子

2015年4月2日木曜日

安息についての説教要旨

1:弟を交通事故で34年前に亡くした。内臓破裂で即死だった
。遺体を病院から抱いて家まで運んだ。涙だけが溢れ出ていた
。その状況で天国で会えると言う希望が腹の底から湧いていた
。弟もキリストを信じていた。今苦しみも痛みもない完全な憩
いと安息との中にいる。

2:キリストは全人的な憩いと安息をくださる方である。「す
べて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来
なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」このマタ
イ11章28で 主・イエスはすべての人に招かれている霊のいこ
いを語られている。29節の「わたしは心優しく、へりくだっ
ているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしか
ら学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。」は魂
に与えられるいこいと安息を語られている。人は土から造られ
命の息(霊)を吹き入れられ生きる存在(魂)となった。霊は
神に属するもの。信者になる時キリストの霊を宿す(第一コリ
ント3:16)。魂は感情と意志と理性を司り不安定な要素が
ある人の存在の中心だ。キリスト信者は死ぬと天国で霊も魂も
体も完全な安息と憩いに入る。

3:霊・魂・体について与えられるいこいと安息を見よう。
A:主の許に最初にき た時に与えられるいこい(安息)。
 すべての神の御業は安息から始まる。ここに言う安息とは心
に平安があるという以上の深 いもの(へブル3:7~4:11)
。小羊の血に覆われたため裁きから救われたという人生 の最
も深く大きないこいと安息。。亡びからの安息。霊に与えられ
る安息。主の名を呼ぶ ことだけで与えられる安息。恵みによ
り与えられる安息。無条件で与えられる安息。教会 に行って
なくても与えられる安息。十字架の主の右側に架けられた人に
与えられたもの。 永遠の刑罰・滅び亡びからの安息。主を信
じ受け入れた時に頂くいこいと安息。
B:魂(心とも精神とも言われる)部分に与えられるいこい。
 主・イエスと共に歩む時に与えられるいこい。条件付きの安
息。信者が信仰の導き手であ るキリストと一緒に歩む時に与
えられるいこい。自分勝手に生きていく時には持てないい こ
い。神の御心に従う時に与えられる安息。主が進む方向に主と
共に歩む時与えられる。 瞬間的に与えられるものではなく、
自我を捨てるというプロセス。毎日持ついこい。自由 意志に
よりもついこいと安息。
C:体に与えれれるいこい
 「また私は、天からこう言っている声を聞いた。「書きしる
せ。『今から後、主にあって死 ぬ死者は幸いである。』」御
霊も言われる。「しかり。彼らはその労苦から解き放されて休
 むことができる。彼らの行ないは彼らについて行くからであ
る。」(黙示録14:13)体は この地上では苦しみ、痛み、不
調がある。天国には完全ないこいと安息が用意されている。 
罪の存在するこの世からの解放。

4:先行きの不安が多い社会の中で今こそ憩いと安息と安らぎ
に満ちた人生をあなたのものとしよう。主・イエスは命をかけ
てその為のすべてをなしてくださった事を信じよう。

ミッションあどない・いるえ
代表 伝道者 ピーター 藤 正信
MissionJehovahJireh@yahoo.co.jp
http://missionjehovehjireh.blogspot.jp
https://twitter.com/MJJ_PeterFuji

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